隣の席に座った男性がとても強烈な匂いを放っていて私は二度見をしました。体臭ではないのです、おそらく香水か何かの匂いのようでした。それはそれは、ホームセンターの洗剤売り場で芳香剤に直接鼻をつけてしまったときの、あの強さで匂いを漂わせていました。隣でこれなのですから、当人はどれだけ濃い匂いに包まれているのか、想像もつかないことでした。
これだけの匂いを漂わせていたら新鮮な花の前でも、おいしいごはんの前でも、それらの匂いを感じ取れないのではないかしら、と思いました。定食を出されたときのお味噌の匂い、雨が上がった後のアスファルトの匂い、ひと息つくコーヒーの匂い。もったいないなあ、と思いました。
けれどもいつか、友人がこうも言っていました。「ヘッドホンをつけて歩くのはもったいない。街にはこんなに音が溢れているのに」と。鳥の声、電車の音、お茶の間で鳴っているテレビ、自分の足音。たしかにその通りだ、と思いましたが、私は今も変わらずヘッドホンで好きな音楽を聴きながら駅までの道のりを歩いています。
同じことかもしれない、と思いました。自分の好きな匂いに包まれて過ごす生活は、それはそれで彼にとっては悪くない気分なのかもしれませんでした。
人の生活は窺い知れないものがあります。でもやっぱりそれはさすがにくさいよ、お兄さん。
