冬の入り口に立った朝、そんなに悪くもない天気の下、身の危険を感じました。「あ、これは終わるな」と思いました。
眠い目をこすりながら白湯を一杯飲み、身支度ができたら電車に乗って、PCをひたすら見つめ、名前通りの手弁当を食べ、机の上のコーヒーを飲み、やっとこ仕事を片付けたら電車に乗って、眠い目をこすりながら家路をたどり、眠い目をこすりながらスープを一杯飲んで寝る。寝たら次の瞬間には朝が来るから眠い目をこすりながら電気ポットのスイッチを入れる。
終わるわ。何も考えずに暮らしているもの、これは人として終わる。その証拠に「ブログに何を書こうか」と昨日を振り返った瞬間思い出したのは昨日の朝同じことを考えていた自分でした。私は今、昨日の複製の上を歩いている。とても良くないスパイラルのど真ん中に飲み込まれつつある自分にふと気がついた瞬間でした。
まったく同じ複製の上を歩くなら、歩く必要なんてきっとありません。次の展開もゴールもすべて分かっていることです。歩くだけムダです。複製を少しずつずらす、少しずつ歪める、ずれや歪みを知る、その努力を私は怠っていると思いました。
今夜は少しだけ寄り道をして帰ってみようかな。そう思っただけで、昨日と少し違う今日になった気がしました。
