我が家の前の通りは防災通りというのですが、地元の人には疎開通りと呼ぶほうが伝わるようです。タクシーの運転手さんに聞いた話ですが。
諸説あるようで正しい由来は知りませんが、川辺の広い公園が災害時の避難場所に指定されているため、行政が避難経路として広く確保した新道がその通りなのだそうです。町屋は古い木造の家がひしめき合う地区でもあるので延焼を防ぐ意図もあるようです。元々はその手前までが疎開通りと呼ばれていましたが、公園まで開通した道も含めて疎開通りと呼ばれるようになったとか。疎開、という言葉のイメージがあまり良くないと感じて防災通りと名付けたのでしょう。
つまり、「疎開通り」という名前は昔からあったのだなあ。と。行政の意図もよく分かります。疎開、かあ。戦災は幻じゃないんだなあ…
戦争に関して思うところを言えば、何も誰も悪くなかったんじゃないかと思います。史実には詳しくないし当事者ではないけれど。でも、何か一つが噛み合わなかったばかりにすべてが崩れてしまうことは、よくあることで。
あなたや私が思い願うとおりの世界にはならないものなのかもしれないですね。たとえその願いが我々にとって正しいものだとしても。
いやいや、別に何かにかこつけてのことではないのです。昨夜の帰り道、ふと通りの話を思い出したので。タイミングによってはとてもとても話せないことなので。
