changing same

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お疲れさま、という言葉について考える。

疲れるようなことはしていないのに、楽しい集いのはずなのに「お疲れさま」というのが解せないのです。何の気なしに使っているだけだと分かってはいるけれど、私の屁理屈だとは思うけれども、あなたと私が会うことはそんなに疲れることなのか、としらけてしまうのです。言葉を大切に扱わない人には、赤信号を平気で渡る人やろくに挨拶をしない人と並んでがっかりします。

いや。そんな瑣末なことはあら探しに過ぎないのかもしれません。本当はもっと理屈のない違和感や言葉にならない不快感があって、けれどもなんとかそれら(と自分)を正当化したくて、いかにもニュートラルそうな理屈を探しているだけなのかもしれません。

10年も会っていなければあなたも私も変わる、ということなのでしょう。変わってないね、なんて言ってごめん。変わってたよ。全然変わってた。良いことか悪いことかは分からないけれど。

せめてあなたにとっては良いことでありますように。

暑いので、千葉に少し行ってきます。幕張久しぶりだな。

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