ひと口ちょうだい

専業主婦の母セイ子は毎日家族のために忙しなく働き、趣味に自分の時間を割くこともなく、自分の嗜好品もめったに買わなかった。

大人になって思い返すと、なんだ申し訳ない気持ちになる。朝から晩までせっせと毎日家事をしていたけれど、幼い私の目に映る限りでそうだったのだから、実際はもっと働いていたのかもしれない。

おやつにゼリーを買いたい、と私が言うときだけ母もゼリーを買った。プラカップに入った100円の小さなコーヒーゼリー。サンデーグラスのようなおしゃれなシルエットで、くびれた脚のところに生クリームが巻きついていた。

香ばしい匂いのする真っ黒いゼリーがとても大人っぽくて、買ってもらったグレープフルーツゼリーを差し置いて、私はいつも母に「ひと口ちょうだい」とねだった。今思えば、なんとわがままなことだろう。母の小さな楽しみさえも我が物顔で奪っていた自分に辟易する。

ふと思い立ち、持て余していた寒天を使ってコーヒーゼリーを作った。粉寒天と砂糖ををコーヒーで煮立てて、適当なコップに注ぐ。粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やすだけで、つるんとしたコーヒーゼリーができた。

静かな湖面のようなゼリー。スプーンでざくざくと崩し、牛乳と出来合いのホイップクリームを注ぎ込んで食べる。母の食べていたコーヒーゼリーよりもちょっと豪勢だ。夕食の締めに食べると、それだけで上等な夕食になった。

そういえば、「ひと口ちょうだい」なんて言っていたわりにあの頃はコーヒーゼリーが別段好きではなかった。良い匂いだけど苦いし。自分からコーヒーゼリーを選んで食べようとはしなかった。今はあのほろ苦さが好きで、喫茶店などでときどき食べる。何の遠慮も我慢もせずに大人げなくのびのびと暮らしている私だけれど、「ひと口ちょうだい」と言われたら、大人ぶってスプーンを伸ばす子にも今なら分けてあげられると思う。それぐらいの歳になった。

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