夢が夢なら

夢は所詮夢に過ぎないものとして。

昨夜見た夢は、私がいじめの標的になった初日の夢だった。昨日までさして関係性もなかった間柄の人間が、突然ルーレットが止まったように私を標的に定め、何かにつけて妨害を働き始めた。世の中のいじめ事情にはさほど詳しくないけれど、私の知るいじめは大抵こんなものだ。理由はないけれど、開始日はある。

何をされたかはあまり覚えていない。教科書がないとか、座席がないとか、すごく遠いところに一人放置されるとか、そういう「不便」ぐらいの妨害で済んだ。本当に渦中に置かれたらそんなものでは済まない。でもとにかく面倒ではあった。

リーダーが「あいつを標的にしよう」と決めると、周囲の人間は戸惑いながらもそれに従う。まだリーダーのほうがシンプルに「いじめる」という意志を持っていて良い。周囲の人間は「ごめんね」という顔をしていじめに加担する分、たちが悪い。何なんだ。そんな顔をしても全然お前はこっち側じゃないぞ、結局お前たちは手を下しているのだから。

そんな中、どういうわけか何らかの映画賞の宴席に面通しさせていただく機会があり、柄本兄弟と対面。お兄さんに「あれ」と指を差された。私は昨年末、下北沢の街角で彼らとすれ違ったのだけれど(これは本当)、そのほんの一瞬のことを彼は覚えているという。芸能は人気商売だから話を合わせてくださったのだろう、と思いきや、話に先回りして相槌を打ってくださる。これは本当に覚えていらっしゃるのかもしれない。どうしてあんな一瞬のことを覚えていらっしゃるのですか、と尋ねると、「あの時、チラッと目を上げてこっちを見たでしょ。役者は視線を見ているんだよ」と答えられた。ほおお、と感心しきりの私を見て少し自慢げなお兄さんはとてもチャーミングだった。

この後、ほどなくして朝を迎え夢は終わりを告げた。「さあこれで形勢逆転だ、あいつらは一体どんな顔をするだろう。手のひら返して媚び始めるのだろうか。ざまあみやがれ」夢から覚める直前、そんなことを微かに思っていた感覚が腹の底に残る。なんと浅ましいことだろう。虎の威を借る狐そのものではないか。佑さんにも失礼だ。ああ、情けなくて自分が嫌になる。

夢は所詮夢に過ぎないものとして、それでも己を恥じずにはいられなかった。ああ、夢でよかった。

コメントを残す