
付かず離れずの気ままな他者との共同生活は急に終わりを告げた。未知なる危機の前で「家族でない」ことはあまりにも脆いことを思い知った。
間借りの家主は、気が若いとはいえ古希を目前にした身体。特効薬のないウイルスがはびこり始め、街中を日々往来しなくてはならない生業の私が「加害者」になりかねない、という懸念がにわかに生じたのは春の日のことだった。家の中にはピリついた空気が漂い、毎日「昨日は誰と会ったのか、今日はどこへ行くのか」と問われた。リビングのテレビからは連日大音量でウイルスの報道番組が流れた。
誰を責めるわけでもない。私が逆の立場であっても同じことをしたと思う。自分の保身もあるけれど、相手の身を慮ってもそれが悪い行いだったとは思えない。ただ、いくつもの仕事を並行して引き受けている以上、先の見えない状況で私の抱えるリスクを潰しきることは不可能なわけで、優しさゆえの配慮はじわじわと私の肝を押し潰した。
私は1週間で荷物をまとめ、別の街に住まいを改めた。
たとえばそれが実家であったら、共に暮らすのが血縁の家族であったら、もしかすると違った判断をしたかもしれない。私も「ここは私の家だ、出ていく必要はない」と主張しただろうし、標準予防策を尽くして逃げ切ることを選んだと思う。誰かが仮に罹ったとしても、共に戦う覚悟をしただろう。
ただ、それができるのは「家族」だから。事実として家主と私は「家族でない」。いくら一つ屋根の下とはいえ、互いにそこまで身を挺することは現実的ではないし、そこまで背負うことはこれまでの関係性を壊すことでもある。家族でないなりにこの関係性が好きだったから、私は家を出ることを決めた。
事が起きてからでは遅い。互いの健康と生活を担保したこの選択は、多少荒療治ではあったものの間違っていなかったと思う。幸い、元家主も私も今のところ元気でやっている。娘が産んだ初孫の世話にせっせと通い、私のいた部屋には入れ替わりに息子が帰ってきたそうだ。家族とは掛け替えのないもの、彼女たちを見て改めてそう思う。