
都市封鎖を強制執行するには大きな法改正をしなくてはならない、現実的にはあり得ないことらしい。行政からのメッセージは強制執行できない中でのできる限り、せめてもの警告だと捉えて、なるべく外出や目立った行動は避けるようにした。
それでも言われれば出なくてはならない、出なければ金にならないのが自営業の性でもあって、現実の私は電車に乗る生活を続けている。
寿司詰めも寿司詰め、バッテラになりそうなほど詰め込まれていた満員電車の中身の多くが在宅勤務に切り替え、都内の電車の乗車率もさすがに下がった。それでも多いところは座席の8割が埋まって、さらにドア付近に立つ人もいる。
電車に乗る人のほとんどは携帯を見ている。携帯を見ている人のほとんどはゲームをしている。妙齢の奥様も、役職持ちと思われる紳士も。あれはゲーム世代が順当に歳を取った結果なのか、それとも携帯が新たな客層を開拓したのだろうか。「ゲームなんかしていないで」と子どもに小言を言っていそうな人たちがこぞってツムツムなんかをやっているのは、いまだになんだかしっくりこない。いや、いいけど。
ふと顔を上げると、窓の外の景色が面白い。大きなビル街を抜け、家々をかき分け、あれこんな所に学校なんてあるんだな、と思いも寄らないものを見せてくれる。街道の桜はすっかり散って葉桜だな、今年はろくに花見もできなかった、小さなエステ屋は駅から離れた雑居ビルしか借りられないのかな、余計なお世話か、ははは。
びゅんびゅん流れていく屋根の向こうに山が見える。東京の風景には山があるのが面白い。千葉にはなかった。あれはどれぐらい先にあるのだろう。昔勤めていた会社は、天気が良いと富士山が見えた。テレビで見たことのある山がちょっとビルをどかせば届きそうなところに見えるのが面白くて、打ち合わせの合間にいつも見ていた。
感染症対策として、電車の窓が半分開けられている。窓が開いて初めて本物の空の色を知った。強化ガラスは無色のようで色がついている。今までガラスの向こうを眺めて「きれいな空だ」と思っていたのが恥ずかしい。同時に、「やっぱり空はフィルターなしが一番良い」と調子の良いことも思ってしまう。
でも、この電車に乗るほとんどの人がそれを知らない。ゲームに俯く人々の頭上にだけ、本物の空がある。フィクションとトレードオフのノンフィクション。示唆に富んでいる。知らんけど。