やまのまち

短い電車は、山の上を目指す。急勾配をさもしんどそうにのろのろと登る。乗客が期待もせず黙って乗っているのをいいことに、急ぎもしない。

山の斜面の向こうから、黄色い西日が差し込んできて目に入る。あまりに低い角度で差し込んでするものだから、目を開けていられない。膝下のヒーターが気持ち良い。黄色い光に包まれながら意識が遠のいていく。隣の女子中学生は足を踏み外した夢でも見ているのだろうか。

誰も喋らないのは東京の電車も同じはずなのに、この静けさは何だろう。路線バスのような、サウンドロゴの入った広告が流れる。他では聞けない音楽がここにはある。

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1〜2年に1度ぐらいの頻度で、私はこの電車に乗る。もう来ないぞ、と来るたび宣言するのだけれど、何となくこの雰囲気が恋しくなって来てしまう。誰かのためではなく、いつの間にやら自分のために来る場所になってしまって、少し申し訳ない。

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山をひとつ越えると、駅の周りにちょっとした街が広がっていた。ひなびたスナックや空いてないタバコ屋しか見かけなかった山あいの、ここにだけは銀行やドラッグストアがあった。

「やまのまち」。こんなに直球の名前があるだろうか。直球過ぎて、フィクションの中の街のようだと思った。

私は海抜50mもあれば高いと感じてしまうような低地で生まれ育ったから、「やまのまち」の想像ができない。山ではどんな人がどんな家で暮らしているのだろうか。お店はあるのか、どんな獣やお化けが買い物に来るのか。

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いらぬことを考えている間にも下車駅にたどり着き、ひなびたスナックと空いてないタバコ屋の間の路地を通り抜ける。心臓破りの坂の真ん中あたりで、おばあちゃんが世間話をしている。

心臓破りのおばあちゃんたちをすり抜けると、国道からは辺りが一望できて、その向こうでは海と空が溶け合っている。天国にもっとも近い場所は、山ではなく海なのかもしれない。

天国にもっとも近い場所を見下ろす山の上、小さく静かな街に友を訪ねてやってきた。土産は花ぐらいしかないけれど、いつものように黙って迎えてくれるだろうか。

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