
「ねえねえ姉ちゃん、歳いくつ?」
シンプルに不愉快だった。年齢を言うこと自体に抵抗はないが、何の恩義もない輩に好き勝手消費されるほど安く歳を重ねたつもりもない。馬鹿なふりをして「え、何でですか?」と質問に質問で返した。
「ウチの会社でさあ、総務の採用募集出してんのよ」
仲間の一人が話を進めるべく口を開いた。なんだ、ウチで働かないかという話か。酒の肴に冷やかそうとしているものと思い込んでいた私は、そんな下衆な話もないものだと安堵し、疑ったことを少し申し訳なく思った。
「そしたらさあ、これ見てよこれ」
まくし立てるように、手元の履歴書をこちらに見せてきた。
「70歳の女の人が申し込んできたの。こんなのある?70歳の人の履歴書なんて俺見たことないよ。ねえ、ある?こんなのさあ!」
驚いた。世の下品に底があると思っていた私が愚かだった。地球には引力がある。努力なしに上には行けないが、何もせずとも下には無限に行けるようだった。
人生100年時代だというのにこいつは何を言っているのだろうか。70歳でもまだ30年残っている、70歳からのセカンドキャリアなんて有能以外の何者でもない。それなのにこいつらは期待はずれとばかりに呆れ返っている。ちょっかいを出せる若い女性が来ることを期待していたのだろうが70歳では何の娯楽にもならない、といったところか。何のための採用募集だ。百歩譲ってそんなになら年齢制限を設ければよかったのに、何も書かなかったのが悪い。っていうか応募者の個人情報なんて会社の機密情報じゃないのか。ずさんにも程がある。そもそも自分たちだって大概若くないくせに「明日は我が身」だと思わないのか。お前らも言われるんだぞ、同じことを。
同世代の母が言われているような気分にもなって、それも胸糞が悪かった。
まるで10日目の風呂を見ているようだった。濁ったぬるま湯、匂いを嗅ぐだけでこちらまで汚れそうだ。会社に骨を埋めてこうなることだけは避けなくてはと思いながら生きてきたけれど、本当にこうなってしまった輩は初めて見た。一周回って、すごい。
居酒屋で働いていると、頭のネジを緩めすぎて目も当てられない様になっている人間を時々見る。履歴書の女性がこの会社を落ちますように、と私は願った。これから働こうとしているあなたは、10日目の風呂で汚される必要なんか毛頭ない。