母の日

「そのカード、書くのはちょっと、どうかな」

臓器提供カードが世に出回り始めた頃、茶の間で脳死提供欄にマルをつける私を見て母はそんなふうのことを言い、苦い顔をした。「もし何かあったときにさ、身体を切り刻まれるのはやっぱり家族としてはいい気持ちはしないよ。仮に死んでるんだとしてもさ」

その時の私は、もう見込みがなくてダメになるのなら、多少なりとも必要としている人の役に立つほうがいいんじゃない? と答え、んまあ、そうなんだけど、と母はそれ以上多くを語らなかった。そのシーンは今も何度か思い出す。思い出して、少し反省する。

「おもむろに手帳開いてさ、『延命治療はしないでください』自分の署名書いちゃってんの」

母の肉筆で書かれた署名を見せられた酒井さんの心情はいかばかりだっただろうか。母の日だからと、たまには団欒をと食事に招待し、舌鼓を打ち思い出話に花を咲かせ、こんな日も時々はいいな、と思う。思うけれど、親は遅かれ早かれ絶対にいなくなることを改めて気付かされる。忘れていた。いなくなるんだ。

親の立場になった平子さんは、子どもからのプレゼントはどんな立派な品よりも手紙が一番うれしいと語った。手書きの肩たたき券がいいなんて嘘だ、そんなもの要るはずがない。昔はそう思っていたけれど、今では考えただけで涙が出そうになると言っていた。どんなにクソダサいTシャツをもらっても、手紙とともに一生大事に着る、と。袖を切ったりアレンジをして。

今週の「アルコ&ピース D.C. GARAGE」(TBSラジオ)は本当に良い放送だった。今日も明日も仕事で実家には足を運べそうもない。何か通販で花でも贈ろうかと思っていたけれど、私は通販サイトを開く手を止めて職場近くの文具店ではがきとボールペンを買った。

今しがた、母に手紙を書いてポストに投函した。どうせ明日には届かないけれど、しようと思ったときにするのが何事も一番だ。明日は母の日。

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