いない朝

ひとしきり洗い物を済ませて朝食の味噌汁をいただいていると、ふと気がつけばモモがいない。

モモは我が家に住む黒猫だ。家族の記憶によれば逆算して22年間は生きているというが嘘か真か、毎日これといって不調も見せずピンピンしている。

庭の隅々を見ても、いつも寝ている部屋の定位置も見たけれど姿はない。昨夜外に出たがっているのを我慢させたから、「外に出る?」と声をかけて庭のガラス戸を開けてやったところ、いそいそとついてきて外に出て行った。どこへ行ったのか。

初めはちょっかいを出すたびに引っ掻かれていたけれど、半年も一緒に住むうち、今は同じベッドの上で寝るようになった。「モモちゃん」と言えば振り向き、「おいで」と言えばベッドに飛び乗ることができる。私が具合悪そうにしていると顔の近くで添い寝をし、寝息を立てた頃に自分はリビングのソファで寝る。人間の歳にして104歳、さすがよくできた猫である。

猫は人の元を離れ、誰にも姿を見せないで臨終を迎えるという。そんなの寂しすぎる、と思いつつ美学だな、とも思う。モモも高齢だからそんな日が遠からず来るのだろう、と思ってはいた。何せ毎日素振りも見せず飄々とホッケの開きを横取りしに来るやつだ、まるで実感がなかったけれど、そんな日は遅かれ早かれやってくる。モモのいない生活はどんなだろう。もっとしてやれることはなかっただろうか……。

そう思っていたら、庭のフェンスを不器用に登る黒い猫が見えた。なーんだ、まだ今夜も一緒に寝てくれるようだ。安心した。

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