
高校時代はまるで付き合いのなかった友人と東京でばったり再会してからというもの、20代の私たちは付かず離れずの距離を保ちながら折に触れつるんでいた。
友人が芝居に出るとなれば予定を合わせて応援に駆けつけた。初めは何となくよそよそしかったものの、いつの間にかそんなことはどうでもよくなっていた。ライブのチケットが余ったといえば相対性理論を観に行き、ケーキが食べたいといえば青山まで出掛け、互いの誕生日が近かったことから合同誕生会と称しては一日中都内で遊びまわった。回らないお寿司を食べて、岡本太郎の邸宅を訪ねて、プラネタリウムでぐっすり寝て、夜の神社でメントスコーラに挑戦して、失敗した。
共通の友人と移動古書店をやろう、という話もあった。派手な人柄ではないけれど企画が好きな友人は、前のめりに案を出した。実際にはやらない起業のアイデアを夜な夜なTwitterに書き出しているのも見た。ビジネスアイデアなんか考えたこともないから、私はただただ、それを見ているのが楽しかった。
なんかもう、一時はさながら磯野と中島だった。
何年かぶりに連絡が来た。この数年は何があったわけでもなく、なんとなしに疎遠になっていた。
「結婚式を挙げるので出席してほしい」
なぜ私なのだろう、と思わないではなかったが友人の慶事だ、私もありがたく参列させていただいた。
派手さはなく、しかし自然光の美しい式であった。流行歌とイルミネーションで盛大に飾り、式にかこつけて羽目を外し盛り上がるのも幸せな祝い方だと思うけれど、隅々まで二人の気が利いた素朴な佇まいには二人の(パートナーのことは存じ上げないが、きっとそうだ)身の丈に合った美しさを感じた。そうだ、私は友人のそんな誰に媚びることもないセンスが好きだった。
それより何より、久しぶりに会う友人が終始なんとも言えない満面の笑みをたたえていたことが印象的だった。「そんな笑顔、見たことがない」と口々にからかわれていたけれど、皆それが本心だと思う。たくさん遊んだし何度となく笑ったけれど、あんなに曇りなく笑っている顔は私も初めて見た。
BGMが、Superflyでも安室奈美恵でもなく、宇多田ヒカルだった。それだけでわんわん泣いた。末永く幸せであってほしい、赤の他人に心からそう願うのは本当に久しぶりのことだった。
家に帰り、新郎新婦の自己紹介を読んでいて思い出した。そうだった、私の好きな映画に『ニューシネマパラダイス』があるのはこの人に薦められたからだ。私はいろいろなことを忘れていたなあ、と思った。磯野と中島だったのにな。ごめん。