志事と報酬

振り込みがない。

仕事がいつ終わったからいついつには報酬が入るな、これだけあれば生活も精算も大丈夫、うまくいけば今月から貯蓄も始められるかな。そういう算段を立てて仕事をしている。報酬が入らなければ貯蓄どころか精算も生活も行き詰まる。

向こうも自営業だ、止むに止まれぬご事情があるのだろう、と黙って待つ。

こちらもあなたと同じ自営業だ、どんな思いで待っているかぐらい見当もつかないものかなあ、と天を仰ぎながら待つ。

2社、15万円の到来を待つ。

待っていても埒があかないので新しい仕事も、待つ。

「早く辞めさせてあげたいなあ、居酒屋のバイト」

そう言って物書きと何ら関係のない仕事を振ってきた人の顔を思い浮かべる。嘘。思い浮かぶほど顔を見た覚えもない。

彼の相棒が多額の負債を背負ったとき、寝る間も惜しんで飲食店で働いて完済したのだそうだ。相棒の方は私も知り合いでご苦労は想像するに余りあるし、現在のご活躍を見ればなるほど努力の人に頭も上がらない。彼は相棒の苦労を知るだけに飲食業をしたくもない苦行と捉えている節もあるのだろう。

それにしても、彼は毎週末のように外食してうまいもんを食っているくせに、そこで働いている人を一体どんな目で見ているのだろう。

相性や好み、得手不得手はあれど、職業に貴賎はないと思っている。私は得るものがあると考えて、好きな仲間と居酒屋のバイトに勤しんでいる。もちろん物書きだけで好きに暮らしていけたら御の字だけれども、その不足を補うものは貴賎ではなく相性で決めさせてくれないか。

食事は生きていく中で欠かせない要素の一つだ。そこに携わる仕事は文化を司る、生活を司る、命を司る。ものを食べさせてくれる人にはそれこそ頭が上がらない。飲食店で踏ん反り返っている輩のなんと多いことか。お母さんに怒られてこい。

「可哀想な労働よりうちで価値ある志事をしなよ」

そんな当て字は私には無用なのだ。漢字テストででっかくバツつけてやる。バツ。

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