
打ち合わせの合間に、腹が減っては戦はできぬだ、と思い立ち、ある中華屋を目指しオフィスを出た。外の空気はまだ背筋を縮こませるぐらいには寒いけれど、一時期に比べれば大したものではなくなった。くしゃみも増え、春は確実に近付いている。
はて、蔦の絡まる古いジャズ喫茶の向かいにあったと記憶していたその店が見当たらない。もう少し先だったかしらと通り過ぎてみるも、やはりない。引き返してその店があったはずの場所を見直すと、流行りに乗った感のある牡蠣小屋が看板を掲げていた。営業時間外のようで、固く下ろされたシャッターはピカピカの白さだった。
山盛りの定食を500円ちょっとで出してくれる中華屋で、おかみさんは中国訛りながらも愛想良く注文を受けてくれた。私の好きな干し豆腐やジャガイモの冷菜はどこでもあるメニューではないけれど、ここに来れば食べられる。蛍光灯が点いているのに店内は何となく薄暗くて、そういうところも良かった。
あの店を教えてくれたのは誰だったかしら。私が会社を辞めたあと、送別会だと飲みについてきてくれた後輩は今春でその会社を辞める。
渋谷は冷たい他人の街ではない。生きた血の通う、私の街だ。右も左も分からぬまま社会に飛び出して10年、この街の人たちが私を育ててくれたから今がある。生きているからこそ、時が経てば形あるものは消えていく。
分かっていても、最後に別れを惜しむ暇ぐらい欲しかったと思う。あのコスパを超える定食は見つけられるだろうか。どこへ行けば干し豆腐で一杯やれるのか。
おかみさんのカタコトな「マタオネガシマース」に応えられなかった不義理を悔やみながら、中華の代わりになり得る昼飯を探して今日の渋谷をうろうろする。私は今日も、そしておそらく明日からも、渋谷で生きていくのだと思う。