
なるべくおみくじは引かないようにしている。くじの内容を目で追う間、ひとりよがりな願望や欲求が露呈しているような感じがして大変に恥ずかしくなるからだ。すべてのお告げを自分の望みに都合良く解釈する自分、願いどおりのことが書かれていないと勝手に「見なかったこと」にしてしまう自分。欲望と直結した素っ裸の思考回路が透けて見えるようで、誰にも見せたくないし、自分が嫌いになりそうで自分でも見たくない。
占いの類いも、そんな感じだからなるべく見ないように心がけている。「◯◯って言ったのにそうならなかった」と勝手な文句を言いたくなるほどには真に受けて信じきっている、ということなのかもしれない。
何年か前に同僚から教えてもらった「しいたけ占い」だけは毎回おとなしく読んでしまう。当たるも八卦当たらぬも八卦というし信憑性については明言を避けるけれど、あれはどうも占いが当たる、ということだけではないような気がする。背中を押されるというか、無意識のうちに「これは良くないものだ」「自分の悪いところだ」と決めつけていたことも「いいんだよ」と認めてくれる懐の深さがある。言葉選びのセンスなのだろうか。
運が上を向いていようが下を向いていようが、頑固な私は気の赴くままにしか動けない。向こう見ずだろうが無謀だろうが、きっと大丈夫だろう。なぜなら、しいたけ占いが「大丈夫」と言っているから。