プリンターの発送準備を終えたら、部屋が随分とすっきりした。やはり私にはプリンターは必要なかったのだ。

友人が転居で処分するというので貧乏性が疼いて引き取ってしまったけれど、普段から印刷なんてしないし、私にはキンコーズという強い味方がいる。インクも譲ってくれたし製造年を見てもまだまだ活躍できる機種ではあるのだが、維持費や消耗品費を考えると私には無用の長物で、プリンターにとっても私にとっても幸せな生活にはならない、と判断した。

「嫌いじゃないけど、別れるのがお互いにとって最善だったんです」「これは前向きな結論なんです」という離婚発表のコメントはこうして生まれるのだな、と思った。喧嘩するほどのもつれもない、勘違いでした、ということに尽きるんじゃないだろうか。まだ結婚もしてないけど。

ヤフオクに出品したら数時間もしないうちに出品時の倍額で貰い手が名乗り出てくれたので、明日宅配便で送ることにした。大きな段ボールはヤマトで買おう。エアーパッキンはうちにある。なぜか。

この数年、ということは30代に入ってからと言い換えてもいいのかもしれない、私は無意識のうちに「必要なものは何か」を問い続けている。すべてのことが取捨選択に結びついている。私自身が本当に大切だと思うものは何か、必要ないものはどれか。必要ないものを抱えていられるほど私の手は大きくないし花の命は長くない。大切なものだけを大切にしたい、という思いが年々強くなっている。

結果、身軽になった。部屋の荷物も減ったし、必要な人しか視界に入らなくなった。場所や立場、関係性にもこだわらなくなった。こんな自分は親元にいた頃には想像もつかないけれど、「道を踏み外している」とか「間違えている」という感覚は不思議と、ない。

繰り返す。必要ないものを抱えていられるほど私の手は大きくないし、花の命は長くない。

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