one hour far

いちじかん。何があっても、いちじかん。

私の家は職場まで一時間かかります。街に出るにも、誰かと会うにも、だいたい一時間。

私は、それがいいと思っています。

昔は歩いて20分、自転車なら10分切るぐらいの街に住んでいました。いい街でした、とても便利な街でした。遅くまでお店もやっているし、何でも手に入るし、どこでもすぐに行けました。

今思うと、それは私にはあまり良いことではなかった。諦めがつかないからです。

根が田舎者だからでしょうか、手に入るものは逃さず手に入れようとしてしまいます。今すぐに、すべて、必ず。諦めること、立ち止まることができなくなって、しまいに私は足がもつれました。

田舎の暮らしは不便ですが呑気なものです。急がなきゃ、あれもこれも必要だ、そうは言っても「何があってもいちじかん」なのですからどうしようもない。諦めるほか、我慢するほかない場面もままあります。我を忘れてまで目の前のものを追ってしまう私には、不便こそ必要なのかもしれません。

今、ちょうど諦めて電車を待ちながら豆乳を飲んでいたところです。昨日よりは幾分良い天気で、子どもが母に手を引かれて跳ね歩いていました。出社したらそんなもの見ていられませんから、私はストローをくわえたまましばらく横目で眺めていました。

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