本棚のメンテナンス

今日は、「許せない人たち」のことをしみじみと思い返しながら仕事をしていました。ああ、あの人は許せなかったなあ、あの人も今会ったところで、まあ、許せないだろうなあ、など。至って穏やかな心でもって、許せない、ということを一件ずつ確認しているのです。お客さまへのメッセージを(あくまで平和な内容です)ぱちぱちと打ちながら。

確認したからといって許せないことには変わりありませんし、逆にはらわたが煮えくり返るかといえばそんなこともありません。腹の底で小さな火花を散らす様に微笑ましささえ感じながら「はい、許せない」と元の本棚にしまう作業を繰り返していました。

怒りをぶちまけることさえできないくせに、「許せない」人ならまるで点呼を取るように冷静に挙げられるのでした。それはまるで「感情」ではなく「事実」のようで、我が事ながら、その感覚はとても不思議に感じられました。

父や母や友人たちは、彼らの許せないことや許せない人をどのように管理しているのでしょうか。私のようにふと思い出しては本棚を並べ替えたり眺めたりする機会などがあるのでしょうか。聞いてみたいような、聞いてみたくないような。

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