この1ヶ月間、私は31年後の未来というものを想像してみるというワークに取り組んでいました。驚いたことに、その背景を知らない人はみな私の発言に違和感を覚えつつもそれを地続きの現実であると、31年後ではなく現在のことであると認識して話に乗ってくるのでした。
もっとも、日記というのはその日つまり現在の事実としてあった出来事を綴るものですから彼らの誤解も然るべきではありますが、それにしても未来の話を今の話として受け取られるのは面白いことでした。
それはどうやら、31年後の世界を書くか、31年後の自身を書くかの違いによるもののようでした。世界はきっと大きく変わるのでしょうが、人は31年経っても言動は大して変わらないのだと思いました。