silent kitchen

「中華そば下さい」

『?』

「あ、中華そば、下さい」

にこにこと愛想の良いおじさんが出してくれた中華そばは、ごくごく普通の味でした。ちょっと醤油が強いぐらいでした。やけどをするような熱さはなく、海苔やメンマは食べると良い香りがしました。セルフサービスの麦茶はぬるくて、店内では常連らしいおじさんたちが延々とネズミ獲りに捕まった話をしていました。テレビでは錦織圭のテニスが終わりプロレス番組が始まりました。意外と面白いな、と思いました。

終電を逃し、家から遠く離れた駅で降ろされて延々と歩いていたので、それなりに遅い時間でした。そのわりに、何組も客が入っていました。店主のおじさんは何も言わず、にこにこと厨房に立っていました。

夜中のどうしようもない時間を責めるものは何一つありませんでした。居心地の悪さがないのは不思議なことでした。ここだけ保護されているような、隔離されているような雰囲気がありました。

「ごちそうさまでした」

『…』

「…? 560円でいいのかな」

『あ、はい、ちょうど頂戴します、ありがとうございました、おやすみなさい』

「ごちそうさまです、おやすみなさーい」

まだまだプロレスを見ていたい気持ちもありましたが、近所のスナックから流れてきた様子のおじさんとママと入れ違いに帰りました。

一夜明けて、そういえば何てお店だったっけ、と調べてみると、食べログの記事に当たりました。食べログにしては珍しく、嫌なことを書いている人は誰もいませんでした。みな口を揃えて言うには「優しい」「店主は耳が遠いから大きな声で注文してあげてほしい」とのことでした。私は昨晩のやり取りを思い出し、少し胸が痛くなりました。

ずいぶん遅くまで真っ黄色の看板が灯っているなと気になっていた、私にとってはただそれだけのことでした。あの不思議な店は実在したのだよな、今となっては幻のようにも感じられます。

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