左手の人差し指の甲が、喧嘩でもしたかのように赤黒く腫れています。私は左手に謝らなければならないと思います。
遅刻寸前の電車に乗り込もうと階段を駆け上がる途中、小走りのストロークで金属製の手すりに左手をぶつけました。金属製の手すりがゴーンと鈍く唸るほどでしたから私だって痛くないはずがありませんでしたが、(そのときは)電車のほうが大事だったので何も言わず立ち止まりもせずに階段を駆け上がりました。
またある時は居眠りをしていて眠気が抜けぬまま電車を降り、地下鉄の通路をぼんやりと歩いていたばっかりに、鉄筋コンクリートの太い円柱に左手を思い切りぶつけました。こちらは天下の鉄筋コンクリート、うんともすんともいいませんでした。私は言うまでもなく痛かったですが、スタスタと歩いている中で突然派手に痛がるのはさすがに格好が悪いと思い、寝ぼけたまま次の電車に乗り換えました。
適度に痛がることは自分への戒めでもあると思います。痛みと向き合い、素直に「痛い」と言うことで痛みが経験や記憶となり、「もう痛い思いはするまい」と心掛けるような気がします。
ああ、あのときは実に痛かった。左手の放つ静かなSOSを真摯に受け止め、湿布を貼って、左手への謝罪と代えたいと思う次第です。
