犬が自分の尾を追いかけてくるくる回るのと同じように、人は自分の発言に支配されて一喜一憂することが往々にしてあります。
たとえば、口を開けると不満話ばかりしているような人は大抵唇が尖り口角が下がって不満げな顔になります。自分の口から出た不満話が自分の耳に入ってきて、自分で自分を洗脳しているのではないかと思います。
他人に牙を剥かない人は牙のなさそうな柔らかい顔になりますし、苦労や文句を口に出せば否応なしに眉間にしわが寄ります。真面目な人は真面目なことを口にするので真面目な顔をしていますし、奔放な人は文句も言いますが快い気持ちも遠慮なく放言するのでいつも綺麗さっぱりした表情です。小心者はたとえ体が大柄でも萎縮したような八丁眉になりがち、というのもあります。
私は母譲りの老け顔なので、ストレスが溜まるとすぐに「渡る世間は鬼ばかり」でひとり物思いに耽る泉ピン子のような顔になってしまいます。泉ピン子になるにはまだ早いので、ストレスが溜まるような面白みのない言葉は自分に聞かせないようにしています。
面白みのないことを言って何になる。笑えない話なんかして何が面白い。「愚痴なんかこぼすもんじゃない、人の悪口なんか言うもんじゃない」と厳しくしつけた母の教えが、今になって功を奏しているように思います。
そうこうしているうちに自分の発言にすっかり支配された私は、「そういえばあの人はどんな顔かな、あの人はなぜあんな表情なんだろう」と知人の顔を次々と思い浮かべているところです。うん、結構当たっている気がします。
