実家の1Fには部屋一つ分の倉庫があって、自転車置場であるとともに日の目を見ないガラクタがわんさか詰め込まれていました。
そこにかき氷機があったことをふと思い出しました。母にねだって1度か2度ばかり出してもらいましたが、刃の目が粗く氷のかけらをガリガリかじっているようでした。かき氷はかき氷屋さんが作るべきだ、と思いました。母は言わんこっちゃない、これで気が済んだか、というような顔で笑っていました。たしか。
私は倉庫をあさるのが好きでした。父が買ったウクレレの教則本、母が読んでいた新井素子の小説、兄の小さい頃の写真、キン消し、プラモデルのパーツ、どこかの民芸品。埃をかぶったものを倉庫から次々に掘り出してきては家族に呆れられていました。「なくてもいいけれど捨てられないもの」がたくさんしまってありました。
実家は、高校を出て大学へ進学するとともに取り壊しました。倉庫も今はもうありません。「なくてもいい」ものばかりだったはずでしたが、皮肉なことに、記憶の底には「捨てられない」まま埃をかぶって残っています。
