「おちけんは一人暮らししてて寂しいと思ったりしないの?」
一人暮らしは寂しくありません。寂しい、というのがどういうことか思い出せない、というほうが意味としては近いと思います。
兄弟はいましたが、歳が離れていたので一緒に過ごさない時間も多かったですし、父は仕事、母は家事、一人で過ごすことも早々に慣れていました。むしろ、私の四半世紀は人と過ごすことに慣れるのに必死の日々だったと言っても過言ではありません。
どんなとき、人は寂しいと思うのでしょうか。寂しいとき、どんなことを考えるのでしょうか。気付いていないだけで、私も寂しいと思ったことはあるのでしょうか。
そういえば小さい頃、スーパーで親とはぐれて「二度と家に戻れないかもしれない!」と思ったことがあります。ようやく親を見つけたときには、小学校も高学年に差し掛かった年頃だというのに情けないぐらい泣いたものです。
あれでしょうか。違うな。
そういえば祖母が亡くなったとき、九州の田舎に家族揃って帰ったものの大人は皆てんやわんやで、庭の大小様々な砂利を積んでひとり寿司屋ごっこを3時間ぐらい、それこそ鳩の鳴き声を聞き飽きるまで続けたことがありました。
あのときの感じでしょうか。それも違うような。
しいて言えば、このみんな知っているであろう「寂しい」という感覚が私だけ汲み取れないのが寂しい、かもしれない…
しばらく「寂しい」について考えてみようと思います。
