dialogue

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帰り道、母親に抱えられた女の子が私の前で団扇を落としたので「はい」と拾って手渡しました。すると母親が微笑んで「謝々」と言いました。自分と同じような顔立ちだったので気付きませんでしたが、中国の方だったようです。

娘に「お礼を言いなさい」とでも促したのでしょうか、女の子も母親の背中越しに私を見つめて「謝々」と言いました。日本では珍しいほどまっすぐ見つめてくる女の子の瞳がとても愛らしく、私は「不謝」と返しました。母親は少し驚きながら娘に「ほら、不謝だって!」と話し掛けました。女の子は何を思ったか私をまっすぐ見つめ続け、母親に何かを一生懸命話していました。それ以上の会話は分からないまま、私たちは雑踏に呑まれて別れました。

白状すれば、私はこれ以上の中国語を話せません。大学で1年間中国語を習っていたというのに、数と挨拶と「私は北京が好きです」ぐらいしか分かりません。それでも「分かることを分かる分だけ投げかければ通じる」ということを先日の旅行で学んだので、今はむしろ中国語を習っておいてよかった、と思います。

これだけしか話せないのではなく、これだけ話せるのだなあ。手持ちの武器は弱くとも多いほうが良いような気がします。

そういう意味でも、あの時お笑いの専門学校ではなく大学に行っておいてよかったです。ありがとうお母さん。

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