先週は、人生初の急性胃腸炎にのたうち回っていました。ただの腹痛なら気分次第で仕事にも出られるものですが、峠は越えたものの感染性の疑いもあったため、積もりゆく雪を家の窓から眺めていました。
外出禁止令といえば、人生初のインフルエンザにかかったのは大学生の頃のことです。サークルやアルバイトにてんてこ舞いで、それでいて難易度の高いスパルタ式のゼミに参加していた私は日々追い詰められていました。打たれ弱いと言ってしまえばそれまでですが、校舎のてっぺんから飛び降りて解放されればどれだけ楽だろうかとまで考えたのは後にも先にもあの時だけだと思います。怒られても突き放されても、毎週ヨレヨレになって大学へ通っていました。
最後の最後、レポート提出が迫る数日前に高熱が出て、インフルエンザと診断されました。この提出チャンスを逃したらもうこのゼミを追い出されるに違いない、いやそれどころじゃ済まされないだろうと思いました。
熱で朦朧とする頭でゼミのことばかりを考えていましたが、とうとう看病してくれていた母に「もう学校へ行きたくない」とこぼしました。15年学校通いを続けてきて、初めて言った言葉でした。教育熱心な我が母です、「母さんあんたには勉強ぐらいしかさせてやれないから」が口癖の母です。怠惰など許さないあの母に弱音を吐いてもどうにもならないことぐらい分かっていました。
母は「行かなくていいよ、もうやめなさい」と言いました。
軽々しく「学校へ行きたくない」なんて言う娘でないことは母にはお見通しだったのでしょうか。いろいろと悟った挙句の返事だったように思います。私はガンガンする頭を押さえながら布団の中で泣きました。泣きながら、疲れて眠ってしまいました。
ゼミの先生からは「よく頑張ったよ」と慰めのメールを頂きましたが、結局私はそのゼミから離れ、卒論発表会で会うまで先生とも話すことはありませんでした。それが良かったのか悪かったのかは分からないけれど。
あの時は辛かったなあ、でも私も悪かったんだよなあ、お母さんはどんな気持ちだったんだろうなあ。そんな答えの出ない謎解きをぼんやり考えながら、窓の外の雪を眺めていました。
