旅行に出掛けるとき、いつも「これが最期になるかもしれない」と普段より少しだけ部屋の整理に気を配ります。それでも時間がなくなって結局洗い物を少し残したまま家を出てしまうのですが、気持ちはいつも神妙です。
もっとも、松尾芭蕉の時代なら旅行は命がけだったといいます。洗い物を残したまま出てきたなんて、彼らに聞かせたらガミガミ怒られそうです。
真夜中の高速バスに揺られてひたすら眠る。知らない街の静かな朝に放り出され、朝から開いている銭湯に行く。コーヒーを飲む。横断歩道を渡る。地理的に日常のあれこれを諦めざるを得ないこの状況が頭の中の何割かをリセットしてくれたようで、昨日までの喧騒が嘘のように妙に落ち着いています。このまま旅を続けていたら、命を落とすとまでは言わずとも、どんどんリセットされて別人になってしまいそうです。
そう思うと、出掛けるときに感じる「最期かもしれない」も、あながち間違いではないのかもしれません。
帰京したら、別人が台所のマグカップを洗うのでしょうか。さようなら、昨日までの私。ははは。
