今でこそ同僚や友人から香典の代筆や板書を頼まれる程度には読める字が書けるようになりましたが、それは平野先生にご指南いただいた書道のかけらがいくらか残っているからであって、平野先生と出会う前はとても読めた文字なんて書けやしませんでした。本をよく与えられる家だったので文字を読むのは苦ではありませんでしたが、母と午前中いっぱい続けるひらがな書きの訓練はまさに退屈、まさに苦痛でした。自分の名前をひらがなで書こうにも「る」の結びで何度回ればいいのか分からず、隙間がなくなるまで回れるだけ回って母に呆れられたものでした。
そうして、幼稚園に入る前に始めた書道教室へは平野先生に「もう受験だから辞めたら」と言われた高校2年まで通い続けました。今でこそ悪い字くせがついてしまいましたが、平野先生にかなを習っていなかったら今頃どれだけひどい文字を書いていたことでしょう。他にこれといって取り柄のない私に、人並みに文字を書く楽しみを与えてくれた母と平野先生にはとても感謝しています。
朝から美しい文字の書き方をテレビで特集していて、ふと先生のことを思い出しました。もう今年は終わってしまうけれど、平野先生にも久しぶりにご挨拶に伺わなくては。
