幼なじみのはーたんとは、小さい頃によく一緒に過ごしていました。はーたんは川沿いの家に住んでいてチャチャという小さい犬を可愛がっている、かわいい女の子でした。小学校高学年の頃に隣町へ転校してからもしばらく文通をしていましたが、私の筆不精から自然と途絶えてしまったのを少し後ろめたく思っています。
15年ほど経って、Facebookで再会するとは。もう会えないものと思っていました。もうすぐ結婚して九州へ越すと聞き、久しぶりに会おう、ということになりました。
15年ぶりに会うはーたんはまったく変わっていませんでした。細くて、髪が長くて、口を横に開いて笑っていました。大人になって少し声が低くなったぐらいで、それは彼女のお母さんに少し似てきたような気がしました。
佐原のリノベーションカフェ(高校時代にはこんな洒落たお店はありませんでした)でお昼を食べ、香取神宮の九官鳥と話をして、毎日覗いていた小学校の飼育小屋のわきを通り過ぎ、向かいの神社で蝉の抜け殻を探しました。あの頃神社の隅に生えていた若木(めばえちゃん、と勝手に名前まで付けていました)は伐採木の下敷きになって跡形もなくなっていました。
昔よく遊びに行ったはーたんの家はすっかり取り壊されていました。あんなに広いと思っていた家の敷地は、更地になってしまえばあっけない広さでした。
高速バス乗り場まで送ってもらうと、もうバスが来ていました。慌てて降りようとする私にはーたんは「これあげる!」とダッシュボードから小さな包みを手渡してくれました。後で聞くに、婚前旅行のお土産のサンゴなのだそうです。私は訳も分からず「ありがとう!」と受け取り、バタバタとバスへ乗り込みました。
彼女が小見川へ来ることはあっても、今日のように小学校や神社や町中を無為に散策することは、このままいけばもうこの先きっとないのだと思います。帰りのバスで私は後悔しました。もっと今日の時間を大切にすればよかった。私はこの20年ちょっと、彼女に何かしてあげられただろうか。言い過ぎかもしれないけれど、そう思わずにはいられませんでした。
何を書くか迷って結局書かなかった手紙のこと、前日に慌てて探したけど間に合わなかったプレゼントのこと、小さい頃にお金(といっても1円でしたが)を頂いておきながら作ってあげられなかった仕掛け絵本のこと、せっかく再会できたのに撮れなかったツーショットのこと、話しきれなかったたくさんのこと。思い返しながら車窓を眺めました。
私はいつでもリベンジするつもりです。その気があればまた取り戻せる。少なくとも彼女にはきっとまた会えるような気がしています。帰ってきたら連絡してね、私も会いに行くから。
久しぶりに、東京に帰りたくない帰り道でした。バスは2時間後、東京駅に着きました。
