仕事終わりに同僚と飲みに行って話し込んでいるうちに終電を逃し、山手線は池袋止まり。池袋まで帰れただけでもいいか、と諦めてタクシーに乗り込みました。
いつだったか巣鴨のタクシー屋さんに教えてもらったとおり、田端の高台を回って町屋に。まだ地理は曖昧ですが、少しずつこのエリアになじみ始めています。
しばらくタクシーを走らせたところで、運転手さんがフロントガラスの上のほうを指差し「あれ、乗ったことある?」と声を掛けてきました。目を向けると高架橋。日暮里・舎人ライナーでした。「引っ越してきて半年ぐらいなのでまだ乗ったことがないんですよ。行く用事もないし」と私が答えると、運転手さんは「じゃあ明日乗るか」とニカッと笑いました。「用事がある時に乗っても何も楽しくねえや」と。
夜道をすっ飛ばして近所の交差点に辿り着くと、「じゃあ明日旗振って待ってっから!」とタクシー代を20円まけて降ろしてくれました。私はハハハと笑いながら礼を言って帰りました。
家まで数分歩く間に、私は考えました。「さっきの、ほんとかな」と。
いや、本当のはずがないのです。運転手さんも仕事だろうし、私だってもちろん仕事があります。運転手さんの顔もろくに覚えていないし、待ち合わせの場所も時間も話しちゃいないのです。そんなの冗談で、社交辞令に決まっています。それぐらいはさすがの私にも分かります。
けれどもひょっとしたら、と思うのです。さっき指差したあたりに運転手さんが旗を持って待っている姿を想像しました。さっきの口約束を信じず、守らずに放っておいたら、信じて待っている運転手さんはどう思うだろうか。いや、待ってないんだけど。
待ってないにしても、もしかしたら、今日あの高架下を走るたびに昨夜のやり取りを思い出すのかもしれません。運転手さんも、私も、「まさかね」と思いながら互いの姿を一瞬探すのかもしれません。
たったそれだけの、その程度の濃さの約束をしました。
